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よく人に聞かれます。「そのパワーはどこから来るのですか」と。すると私はいつも、その秘訣を隠すことなく、オープンにお教えしてしまいます。ところが、聞いた人はただ感心するだけで、どなたもその秘訣を活用しようとはしません。「自分はこのぐらいだろう」「この程度でいい」と諦めてしまっているのではないでしょうか。
もしも困難に出会っていちいち諦めていたら、とっくに私の人生は終わっていたでしょう。私は過去、何度も死にかけたことがありました。
例えば・・・
・学生時代に肺結核にかかる(当時は死病でした)
・東京大空襲で爆撃の真っ只中に投げ出される
・キティ台風では洪水で濁流の中流される
・心中未遂3回(新聞にも報道されました)
私はその一つ一つの困難、絶望から立ち上がり、その都度私は自分の人生を大きく、実りあるものに変えてきました。

そんな私の人生の中でも最大の苦難は、昭和51年の秋に大腸がんを宣告されたことでした。
48の子会社を作り、一大家電販売グループとしてマスコミにも報道され、飛ぶ鳥を落とす勢いのまさに絶頂期のことです。夜な夜な自分が死刑囚になった悪夢に悩まされ、会社では部屋を真っ暗にして一人ロウソクの炎を見つめる日々を送り、程なくして会社は倒産しました。
「自分の体のことなんて考えたこともなくて、病気になって初めて気がつくオレみたいな経営者は日本中にたくさんいるだろう」
「そして気づいたときには、もう手遅れなのだ」
「オレはなんと愚かだったんだろう」
「全てを失ったこのオレだが、あとどれくらいあるかわからぬ残された命、その全てを他人のために費やそう」
茶色の土の上、青い空の下に自分の命を残してくれたら、
一生、私は他人のために働くことになっても文句は言いません
私はそう天に誓いました。
ここに青春大学が胎動を始めたのです。

文字通り命を賭けたチャレンジでした。
科学がこれだけ進歩しているんだ。がんが治せない訳がない。
医師ができないのなら、専門家が出来ないのなら
オレが道を開いてやる。
専門家とは、今、できないことが、なぜできないのか。その言い訳を普通の人より沢山、説得力を持って、主張できる人のことです。本物の専門家であるならば、その分野で自分のできないこと、知らないことがあることを、恥じるべきです。今まで可能だと思われていなかった事を実現させることができた、その時こそ本物になれるのではないでしょうか。
大腸がんの宣告から二十八年経った今、私は生きています。再起して青春大学を創設し、世の中が不景気と騒がれるこの時代に無借金経営を貫いています。そして70歳にして小学生の娘を持ち、演歌歌手として大舞台に立っています。
私はただひたすら天に誓った通り、そのままを貫いただけです。三十年近くの間、自分の命を見つめ、人のためになることを、一心にがんばってきました。

私は民間療法をすべて信用しているわけではありません。しかし同時に医師や医学をも盲信はしていません。医師に限らず、家族や恋人でない限り、誰も他人はあなたのことを真剣に考えてはいません。
「他の誰かに」効果があった治療法、「他の誰かが」うまくいった経営手法、「他の誰かの」生き甲斐や喜び、それらがあなたに同様の結果を出すかどうかは、誰も保証してくれないのです。
私が青春大学の教育を通じてお伝えしたいのは、自分の健康、自分の経済、自分の人生に、結果を出すための「力」です。それは無から有を生み出す力、ゼロから、もしくはマイナスからであっても、立ち上がってくる力です。
それは私自身がかつて歩んできた道でした。26回死にかけ、会社を2度も倒産させながら、70歳を越えて「毎日が楽しくて仕方がない」という今を作ってきた、その原動力をあなたにも手に入れて欲しい。あなた自身がご自分の主治医となり、ご自分の社長になり、他人に指図されず、自分の力で人生を切り開いていけるようになるためのお手伝いをさせてください。
これまで想像したことなかったような、夢のような人生を、私といっしょに作り上げていきませんか?そして青春人生の輪を広げ、日本中の困っている方々を元気づけていきませんか?
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